― Windows 95のセットアップは「OS支配」の始まりだった
Windows 95のセットアップは、表面的には「簡単になった導入作業」に見える。
しかし技術者の目で見ると、これはPCの主導権をBIOS・DOS・ユーザーからOSへ移すプロセスそのものだった。
1. 起動はDOS、支配はWindows
Windows 95はMS-DOS上で起動する。
この事実だけを見ると、従来と変わらないように見える。
しかし決定的に違う点がある。
- DOSは「起動用ブートストラップ」に格下げされた
- CONFIG.SYS / AUTOEXEC.BATはOSにより再構成される
- ユーザーが制御していた初期化工程にOSが介入する
つまりDOSはもはや主役ではない。
Windows 95はDOSを“利用している”が、“従属させている”
この構造が後の「DOS窓」という概念につながる。
2. Plug and Play ― 未完成だが革命的
Windows 95の目玉機能の一つが Plug and Play(PnP)だった。
技術的な現実
- BIOS依存のハード検出
- ISAバスではほぼ機能しない
- IRQ / I/O競合は頻発
技術者視点では「失敗作」に近い。
それでもPnPは重要だった。
なぜなら、
ハードウェア構成をOSが把握し、管理する前提を作った
からだ。
この思想がなければ、
- ACPI
- USB
- 現代の自動ドライバ配布
は成立しない。
3. セットアップが書き換えるもの
Windows 95のセットアップは、容赦がない。
自動的に行われる処理
- CONFIG.SYS / AUTOEXEC.BATの再生成
- HIMEM / EMM386の制御
- VxDロード順序の最適化(という名の強制)
これにより、
- ユーザーのチューニングは無効化され
- ベンダー独自設定は排除され
- OSが「正しい状態」を定義する
という構造が生まれた。
これは便利さの代償として、
自由度を奪う設計でもあった。
4. VxDロードは「ブラックボックス」
Windows 95のデバイスドライバであるVxDは、
セットアップ時に自動的に組み込まれる。
問題はここだ。
- ロード順序はユーザーに見えない
- 依存関係の可視化がない
- 失敗時の原因特定が困難
結果として、
「とりあえず再インストール」
という文化が生まれた。
これは設計の敗北ではなく、
サポートコスト削減を優先した判断だった。
5. セットアップは“最初の囲い込み”
Windows 95のセットアップを終えた瞬間、PCはこう変わる。
- ハードウェア設定はOS管理
- ドライバ導入はOS経由
- ネットワーク設定はOS主導
もはやユーザーやDOSが介入できる余地は少ない。
セットアップ完了=OSへの主権移譲
6. なぜこの方式が選ばれたのか
技術的には問題だらけだった。
それでもMicrosoftはこの方式を選んだ。
理由は明確だ。
- PCは一般消費者の道具になる
- 技術者前提の設定は限界
- OSが“全部面倒を見る”必要がある
Windows 95は、
「ユーザーが理解しなくても使えるPC」
を初めて現実にしたOSだった。
まとめ:セットアップは思想を語る
Windows 95のセットアップは、単なる導入作業ではない。
- OSが環境を定義し
- OSが正解を決め
- OSが責任を引き取る
この思想は、その後一度も覆されていない。
次回予告
第3回:Windows 95での作業
― GUIは自由を与えるためではなく、制御するためにある
次回は、
スタートメニュー・エクスプローラー・タスクバーを
UIではなく「行動制御装置」として解析する。

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