― OLEは失敗したが、思想は勝った
Windows 95のOLEは、正直に言えば「扱いづらく、不安定で、重い」。
技術者の多くが敬遠したのも事実だ。
それでもOLEは、
Windowsの未来を決定づけた思想実験だった。
1. OLE以前、アプリは孤立していた
Windows 3.1 までのアプリケーションは、基本的に独立していた。
- データはファイルで受け渡し
- 連携はコピー&ペースト
- 自動化はバッチ処理頼み
つまり、
アプリ同士は互いを知らない
世界だった。
2. OLEの本質は「埋め込み」ではない
OLEはしばしば、
- WordにExcel表を貼る技術
として語られる。
だが本質はそこではない。
OLEが狙ったもの
- プロセスを越えたオブジェクト共有
- アプリ境界の破壊
- OS主導のアプリ統合
つまり、
OSが“アプリ同士の仲介者”になる
という思想だ。
3. 技術的に何が起きていたのか
OLEは内部的に、
- COM(Component Object Model)
- インターフェース指向設計
- 参照カウント管理
を前提としていた。
これは当時としては極めて先進的だった。
一方で、
- 学習コストが高い
- デバッグが困難
- パフォーマンス問題
という代償も大きかった。
4. 自動化という「未来の伏線」
OLE Automation(後のActiveX)は、
- 外部からアプリを操作
- GUI操作をコード化
- 業務フローを再現
する技術だった。
これは後に、
- VBA
- PowerShell
- RPA
へと姿を変える。
「人がやる操作を機械にやらせる」
という発想は、ここで初めてOSレベルに降りてきた。
5. なぜOLEは失敗と見なされたのか
理由は明確だ。
- 不安定(参照カウント地獄)
- セキュリティが弱い
- バージョン地獄(DLL Hell)
技術的負債は深刻だった。
だが重要なのは、
失敗しても思想は捨てられなかった
という点である。
6. COMは死ななかった
OLEは衰退したが、
- COM
- DCOM
- ActiveX
はWindows内部に深く根を張った。
さらにその思想は、
- .NET
- サービス指向設計
- マイクロサービス
へと受け継がれていく。
7. Windows 95がやった本当のこと
Windows 95は、
- アプリを孤立させず
- OSが統合し
- 自動化の余地を残した
初めてのWindowsだった。
これは安定性よりも、
拡張性と将来性を取った選択
だった。
まとめ:OLEは犠牲になった
OLEは、
- 批判され
- 嫌われ
- 捨てられた
しかしその犠牲の上に、
現代Windowsの自動化文化は存在する。
次回予告
第7回:メッセージングと通信
― ネットワークは“追加機能”から“前提条件”へ
次回は、
TCP/IP標準搭載、Exchange、ダイヤルアップを通じて
Windowsが「孤立OS」から「ノードOS」へ変わった瞬間を解析する。

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