インターネット上の書店、静かに船出
1995年7月16日、インターネット上で書籍を販売する新サービス「Amazon.com」が正式に稼働を開始した。
実店舗を持たず、注文から販売まですべてをオンラインで完結させるという試みは、まだ黎明期にある電子商取引の世界において、極めて野心的な挑戦といえる。
構想の出発点
ウォール街で始まった「インターネット調査」
この新興企業を立ち上げたのは、当時30歳のジェフ・ベゾス。
彼は1993年当時、ニューヨークのヘッジファンド D. E. Shaw & Co. に勤務し、シニア・バイス・プレジデントという要職にあった。
ベゾスは社内で、急速に成長しつつあるインターネットについての調査を任される。
その過程で、インターネットがすでに世界規模で拡大し、今後も爆発的な成長を遂げる可能性があることを知った。
この経験が、彼にある確信を抱かせる。
「インターネットを使った物販は、必ず大きな機会になる」
起業への決断
「後悔の最小化フレームワーク」
ベゾスは後に、自身の意思決定を「後悔の最小化フレームワーク」と呼んでいる。
それは、将来を振り返ったときに「やらなかったこと」を後悔しない選択をする、という考え方だ。
急成長しつつあるインターネットに今参加しなければ、
将来必ず後悔する——そう考えたベゾスは、安定した地位を捨てる決断を下す。
1994年、彼はD. E. Shaw & Co.を退職し、ワシントン州シアトルへと移住。
ここで、新しいオンラインビジネスの事業計画作りに専念することになる。
CadabraからAmazonへ
社名に込められた意味
1993年7月5日、ベゾスはまず Cadabra, Inc. という社名で法人を設立した。
しかし1994年1月、弁護士がその名前を「cadaver(死体)」と聞き間違える出来事が起こり、社名変更を決意する。
一時は「Relentless(情け容赦ない)」という名称も検討され、
実際に relentless.com のドメインも取得されたが、
周囲の助言を受けて最終的には見送られた。
辞書をめくる中でベゾスが選んだのが「Amazon」だった。
- エキゾチックで印象的
- アルファベット順で上位に来る
- 世界最大の河川の名
自らの構想する「世界最大の商店」にふさわしい名前として、
Amazon.com という社名が選ばれた。
なぜ「書籍」だったのか
ベゾスは、オンラインで販売可能な商品を約20種類洗い出したうえで、
最終的に以下の5つに絞り込んだ。
- コンパクトディスク
- コンピュータハードウェア
- コンピュータソフトウェア
- ビデオ
- 書籍
この中から書籍が選ばれた理由は明確だった。
- 世界的な需要がある
- 単価が比較的低い
- 出版点数が膨大で、実店舗では扱いきれない
インターネットなら、「在庫を持たずに、無数の本を並べられる」。
この特性は、書籍と非常に相性が良かった。
ガレージから始まった書店
Amazon創業の地は、ベゾスが借りていた
ワシントン州ベルビューの自宅ガレージとされている。
ここで梱包され、発送された最初の注文が、
1995年7月、ついに顧客のもとへ届けられた。
Amazon.comで最初に売れた書籍は、
ダグラス・ホフスタッターの
『流動的思考と創造的類推』だったという。
電子商取引の新しい可能性
1995年現在、電子商取引はまだ実験的な分野に過ぎない。
だが、Amazon.comの試みは、
「店とは何か」「商売とは何か」という問いを根底から揺さぶっている。
インターネットは単なる情報網にとどまるのか。
それとも、新しい市場そのものになるのか。
7月16日、
その答えを探る一つの挑戦が、静かに始まった。


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